壬生所跡(読み)みぶこうしよあと

日本歴史地名大系 「壬生所跡」の解説

壬生所跡
みぶこうしよあと

巷所とは「宣胤卿記」永正元年(一五〇四)一一月一〇日条に「古之小路分今為田畠、是巷所也」と述べられるように、平安京の街路耕地ないし宅地として利用されたものである。従って左京右京にかかわらず広く見いだすことができ、それぞれ左京職・右京職の支配下に属したが、通常はその街路名を冠してよばれていた。

この壬生巷所に関しては次の史料がある(北小路家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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