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壬生晴富 みぶ はれとみ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

壬生晴富 みぶ-はれとみ

1422-1497 室町時代の官吏。
応永29年生まれ。壬生晨照(あさてる)の子。応仁(おうにん)2年官務の職と氏長者をつぐ。正四位上にすすみ,治部卿となる。父の代につづき,同族の大宮長興(ながおき)との相論で,壬生家の地位維持に尽力した。明応6年死去。76歳。日記に「晴富宿禰(すくね)記」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

壬生晴富

没年:明応6(1497)
生年:応永29(1422)
室町時代の官人,壬生官務家14代当主。官務左大史晨照の子。法名道秀,多宝院と号す。応永33(1426)年叙爵元服後,家例たる民部少輔,主殿頭,造東大寺次官を経て左大史となり,応仁2(1468)年父のあとを受けて官務に補せられた。応仁・文明の乱のとき,理由は不明だが西軍にあり,文明4(1472)年に東軍側にいた嗣子雅久に官務職を譲ったが,官務に精通した晴富は雅久を助けて家職を守った。同14年正四位上に叙せられ,延徳2(1490)年には壬生家として初めて治部卿に任ぜられた。生涯をかけて同族の大宮長興と官務・氏長者職を争い,家領の確保に努力し一流を維持したほか,相伝文書を守るために文庫修復に奔走し,幕府の援助を得た。著作に『続神皇正統記』『建武三年以来記』があるほか,日記『晴富宿禰記』がある。

(飯倉晴武)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の壬生晴富の言及

【晴富宿禰記】より

…室町時代,1446‐97年(文安3‐明応6)の壬生(みぶ)晴富の日記。別称《小槻晴富記》《晴富(卿)記》。…

※「壬生晴富」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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