外人墓地(読み)がいじんぼち

日本歴史地名大系 「外人墓地」の解説

外人墓地
がいじんぼち

[現在地名]中区山手町

山手(やまて)丘陵北斜面にある。嘉永七年(一八五四)二度目のペリー来航の際、戦艦ミシシッピ号所属陸戦隊員ロバート・ウィリアムス二等水兵が艦上で死亡し、ペリーは埋葬地としてウェブスター島(夏島、現横須賀市)を幕府に要求した(ペリー提督日本遠征記)。幕府は熟議のうえ、元(もと)町増徳(ぞうとく)院裏山の墓地近くの一角を提供し、二月一一日埋葬した(大日本維新史料)。五月二二日の日米和親条約の付属条項下田協約で、アメリカ人埋葬用地が下田玉泉(しもだぎよくせん)寺墓地(現静岡県下田市)に設けられたため六月に下田に改葬された(ペリー日本遠征随行記)。

安政六年七月二九日、食料品購入のため本町通(ほんちようどおり)を歩いていた横浜寄港中のロシア艦隊所属の軍艦アスコルド号乗組員モフット見習士官とソコロフ水兵の二人が、数名の武士に殺害された(「露国領事ゴスケウィッチ書翰」幕末外国関係文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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