山手町(読み)やまてちよう

日本歴史地名大系 「山手町」の解説

山手町
やまてちよう

[現在地名]中区山手町

東は海を望み、もと町の東南の山手丘陵にある。慶応二年(一八六六)幕府と外国側とが結んだ横浜居留地改造及競馬場墓地等約書によって横浜村となか村・北方きたかた村・根岸ねぎし村の村境丘陵に開発された二二万坪の山手居留地。明治三二年(一八九九)の居留地撤廃により山手町と改称された。

すでに文久元年(一八六一)米英仏をはじめ各国から領事館および商人居住地・住宅地として、関内かんない居留地が埋立による低湿地帯のため、乾燥地で眺望のよい山手丘陵地の開放が要望されていた(通信全覧)。幕府はこの三国には当分商人住宅建築を見合せるという条件をつけて許可したものの、横浜新田を埋立造成した新居留地約三万坪が空地であること、外国人殺傷事件が続発するなかで、攘夷派の活動の激化に対する警備上の問題とにより商人への山手開放を承認しなかった(続通信全覧)。同二年一〇月には攘夷派浪士百数十人の居留地襲撃・運上所焼打の風説が流れ、居留外国人は動揺・混乱を極め、戦争寸前の様相を呈した(ヤング・ジャパン)


山手町
やまてちよう

昭和三年(一九二八)一月に成立した現在の苫小牧市の町名。苫小牧市の中心部の北西に位置し、町名の由来は北方坊主ぼうず(三六・八メートル)があり、市街の山手であることによる。同年に苫小牧市大字山手町が誕生、町域は現在の北光ほつこう町・山手町の地であった(「町名設定地番改正調書」苫小牧市立中央図書館蔵)。同一九年の大字廃止字名改称により苫小牧町山手町となり、町域は有珠うす(新苫小牧川)まで広げられた(「苫小牧町字地番整理調書」同館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「山手町」の意味・わかりやすい解説

山手町
やまてちょう

神奈川県東部,横浜市中区の地区横浜港の南に突出した本牧岬北部にある。横浜港が開かれたのち,外国人居留地が関内から移転して,住宅街が形成された。横浜港をはじめ,遠く房総の山々が展望できる景勝地で,外国人墓地元町公園,港の見える丘公園,高級住宅街,ミッションスクール教会などがあり,横浜の代表的な観光地ともなっている。

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