日本大百科全書(ニッポニカ) 「多田嘉助」の意味・わかりやすい解説 多田嘉助ただかすけ(?―1686) 江戸中期の義民。加助とも。信州中萱(なかがや)村(長野県安曇野(あづみの)市)の名主。松本藩に対する年貢納入法改善要求一揆(いっき)(嘉助騒動)の指導者。[編集部][参照項目] | 嘉助騒動 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多田嘉助」の解説 多田嘉助 ただ-かすけ 1639-1687* 江戸時代前期の農民。寛永16年2月生まれ。信濃(しなの)(長野県)安曇郡中萱村の庄屋。貞享(じょうきょう)3年松本藩の年貢増徴政策に反対しておきた農民一揆(嘉助騒動)を指導。増徴は中止されたが,首謀者として同年11月22日磔(はりつけ)にされた。48歳。幼名は彦三郎。名は加助ともかく。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例