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義民 ぎみん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

義民
ぎみん

義人ともいい,民衆のため一身を捧げた人。江戸時代百姓一揆打毀 (うちこわし) などの指導者は多く極刑に処せられ,墓石を建てることも禁じられたが,民衆は彼らを義民として追慕し,稲荷,地蔵などに託してその徳を仰ぎ代々伝承した。

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デジタル大辞泉の解説

ぎ‐みん【義民】

正義のために一身をささげる人民。特に、江戸時代、百姓一揆(いっき)を指導して権力と闘った人をいう。「義民佐倉惣五郎」

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百科事典マイペディアの解説

義民【ぎみん】

江戸時代,農民闘争において私財・生命を賭して活動した者。明治維新後に義人,大正期から義民の呼称が一般化した。実際には百姓一揆の件数と同数以上の有名・無名の義民がいたであろうが,下総(しもうさ)佐倉惣五郎(さくらそうごろう)など伝承化し,鎮魂のための顕彰碑などが建立された者も多い。
→関連項目磔茂左衛門

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎみん【義民】

百姓一揆の指導者として,多数の農民のために一身をささげた者をいう。江戸時代にはこの用語はなく,明治維新後まず義人の呼称が使われたが,大正期ごろから義民の呼名が一般化した。全国的に有名な義民としては,承応年間の下総国佐倉藩の佐倉惣五郎,天和年間の上野国沼田藩の杉木茂左衛門(磔(はりつけ)茂左衛門ともいう),承応年間若狭国小浜藩の松木荘左衛門(長操),貞享年間信濃国松本藩の多田加助(加助騒動),寛政年間伊予国吉田藩の武左衛門(武左衛門一揆)などがある。

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大辞林 第三版の解説

ぎみん【義民】

義のため、一身を投げ出して尽くす人。特に江戸時代、百姓一揆の指導者として処罰され、民衆に敬慕された人をいう。義人。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

義民
ぎみん

民衆社会の正義と幸福のために一身を犠牲にした者。とくに江戸時代についていう。民衆社会に降りかかる厄災を除くために一身を挺(てい)し、そのために犠牲になった者を広くさすが、とくに領主の非法に抵抗して一揆(いっき)を指導し刑死した者を義民(義人)とよぶことが多い。
 義民は、死んだ人間を神として祀(まつ)るという神観念(人神信仰)を一つの要素にして成立する。その死が、共同体の存続のための非業(ひごう)の死という性格をもつため、祀られた神は共同体の者にとっては祟(たた)る神と観念されることが多い。そのため、神格としては、明神(みょうじん)や地蔵尊(じぞうそん)など、さまざまなものがあるものの信仰の性格はおおむね祟る神を祀るものとしての御霊(ごりょう)信仰となる。したがって、義民を祀る信仰(義民信仰)は子孫(共同体)が供養し続けることを義務づけ、非業の死の因となった領主の非法が二度と行われぬことを要求するものとして成立し、それらが破られれば祟ると観念される。こうして義民信仰は人々の間に一揆を記憶させ、領主の恣意(しい)を阻止するものとして成立する。しかし、義民のなかにはこれらの場合とは違って、農業神(農神)になるものもあった。この場合は豊穣(ほうじょう)の効果をもたらすものとして年々の生産労働のなかで人々に記憶されていく。ほかに、特定の病気に霊験(れいげん)ありとされる義民もある。
 前記のような義民を生み出す民衆の抵抗運動は、代表越訴(おっそ)や惣百姓強訴(そうびゃくしょうごうそ)の形態をとる一揆が多い。それはこの一揆が共同体の全体的な利益を代表することが多いからで、幕末の世直し一揆や村方騒動のように共同体の内部の対立を契機にする運動からは出にくい。義民のなかで実際に大きな影響力をもったものは江戸初期の義民で、代表越訴型の一揆から出てくる佐倉惣五郎(さくらそうごろう)(宗吾)や松木長操(ちょうそう)、磔茂左衛門(はりつけもざえもん)らがある。これらの義民の場合には、徹底した領主の悪政、崇高な犠牲的行動、壮烈な刑死、目的の達成など義民を構成する要素がすべて含まれるが、もともとの事件(一揆)自体はあいまいな点が多い。しかし、義民像としては義民伝承としてしだいに肥大化して有名になり、中後期の一揆の成立を助けることがあった。たとえば佐倉惣五郎は18世紀中葉以降、義民伝承として流布し、幕末には歌舞伎(かぶき)の演題の一つに仕組まれて人気を博し、伊那南山(いなみなみやま)一揆では宗吾(そうご)大明神が勧請(かんじょう)され、宗吾講談で農民が勧誘されたりもした。
 義民を創造するのは民衆であるが、義民を顕彰するのは民衆だけではない。むしろ民衆が禁制の徒党の指導者を大々的に祀ったり供養することは本来許されぬことで、そのため、民衆が顕彰する場合には気づかれぬよう巧妙にくふうした墓碑、義民碑がつくられ、ひそかに顕彰行事が行われたりする。他方、領主が領民を慰撫(いぶ)するために顕彰したり、村役人が小前(こまえ)百姓の意を迎えるために顕彰することもあった。明治以降も現在に至るまで、民衆の権利の伸長のために義民を祀る立場と、地域の統合のために祀る立場の二つの流れが続いている。[深谷克己]
『横山十四男著『義民』(三省堂新書) ▽横山十四男著『百姓一揆と義民伝承』(教育社歴史新書) ▽児玉幸多著『佐倉惣五郎』(1958・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の義民の言及

【強訴】より

…幕府は70年(明和7)4月,全国に高札を立てさせ,そのなかで〈よろしからざる事に百姓大勢申合〉せることを徒党,〈徒党して強いて願い事企〉てることを強訴と規定し,褒賞を約して訴人をすすめた。多数者の行動である強訴では頭取と呼ばれる指導者が活躍し,刑死するとひそかにまつられ,義民となった。大規模な強訴からは,多くの記録や一揆物語が作られた。…

【佐倉惣五郎】より

…近世の義民の代表者とされる人物。佐倉宗吾とも呼ばれる。…

【人神】より

…古代社会では天変地異や悪疫流行の原因が御霊であるとみなされ,御霊を鎮めて和霊にした後,神殿の中にまつりこめ,代々崇敬するという経過をたどっている。江戸中期ごろから頻発した一揆の指導者たちは,捕らえられて処刑されたが,死後義民として顕彰されたが,そのなかで神化した事例も多い。これは処刑されたおりに,この世に怨念を残し,そのたたりが,虫害となり稲の凶作をもたらすと信じられたためである(御霊信仰)。…

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