多田左膳(読み)ただ さぜん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「多田左膳」の解説

多田左膳 ただ-さぜん

1751-1811 江戸時代中期-後期武士
寛延4年6月生まれ。対馬(つしま)(長崎県)府中藩士。大目付,朝鮮釜山館守などを歴任,寛政4年勝手支配役となる。大森繁右衛門とともに朝鮮通信使の対馬での聘礼(へいれい)交換の実現につとめ,文化8年徳川家斉(いえなり)の将軍襲職をいわう通信使の聘礼式を府中でおこなった。文化8年8月10日死去。61歳。名は功種。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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