夜市村(読み)やじむら

日本歴史地名大系 「夜市村」の解説

夜市村
やじむら

[現在地名]徳山市大字夜市

夜市川の流域とその支流的場(まとば)川流域に集落が点在し、夜市川沿いには山陽道が通る。南は福川(ふくがわ)村(現新南陽市)、西は戸田(へた)村、東は小畑(おばた)村に接する。また的場川沿いに北行し矢地(やじ)峠を越えると、馬神(うまがみ)村(現新南陽市)に出る。徳山藩領に属する。

伊勢神宮の御師が守札の配布先を手控えた中国九州御祓賦帳の天正一四年(一五八六)分に「やちのへたの分」とある。古くは矢地と書く場合が多く、慶長五年(一六〇〇)の検地帳には福川村を含む矢地村の石高として一千三四九石五斗を記す。慶長一五年の検地帳による福川・矢地の石高は三千二七石余、うち田方が一五四町余で二千四四六石余、畠方が七四町余で四一二石余、百姓屋敷一七一、市屋敷一四四とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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