大住院以信(読み)だいじゅういんいしん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「大住院以信」の意味・わかりやすい解説

大住院以信
だいじゅういんいしん
(1607―1696)

江戸初期の立花名手京都本能寺の塔頭(たっちゅう)、高俊院(こうしゅんいん)4世、日甫上人(にっぽしょうにん)ともいう。池坊(いけのぼう)専好に学び門人随一といわれた。『槐記(かいき)』に「古今ノ精微ヲ尽シテモハヤ上ナキニナリタリ」と記され、多彩にして華麗な作品は『大住院立華砂之物図』に51瓶が収録されている。自由奔放な作風のゆえに池坊から異端視され、1652年(承応1)江戸に下り諸大名にいけ花を教授した。本能寺開山二百年忌の作品、高さ二間二尺(約4.2メートル)、横六間二尺(約11.5メートル)の砂の物の大立花は有名。

[北條明直]

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「大住院以信」の解説

大住院以信 だいじゅういん-いしん

1605-1696 江戸時代前期の僧,華道家。
慶長10年生まれ。京都本能寺の塔頭(たっちゅう)高俊院4世。2代池坊専好に師事し,名人と称される。江戸で諸大名に立花をおしえ,京都にもどるが,池坊派から異端視され,ふたたび江戸で活動した。その作品は「大住院立華砂之物図」におさめられている。元禄(げんろく)9年9月18日死去。92歳。号は日甫。

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世界大百科事典(旧版)内の大住院以信の言及

【池坊】より

…寛永年間(1624‐44)は彼の全盛期で,花は池坊といわれるほどに,いけばなにおける池坊の指導的地位を確立した。2世専好には門人も多く,大住院以信,高田安立坊周玉,桑原富春軒仙渓,十一屋太右衛門らがいて,池坊を支えていた。なかでも大住院以信の花は花材を駆使した奔放で変幻自在な妙味をもち,すぐれた技巧の作風であった。…

【いけばな】より

…元禄期の井原西鶴が,〈立花は宮,御門跡がたの手業なり〉とし,近年は町人たちが立花を習い覚えて,接木の椿の枝をもぎとったり,鉢植えのウメモドキをひき切り,霊地の荷葉を折ったり,神山の杉を取り寄せたりするわがままのふるまいは,〈草木心なきにしもあらず,花のうらみも深かるべし,是只一日のながめ,世のつひえなり〉と,この立花流行を批判するほどのものであった。こうした立花の盛行期には多くの立花師たちが輩出し,大住院以信,高田安立坊周玉,桑原富春軒仙渓など専好の門人たちが活躍した。出版活動としての立花の教導書の刊行や立花図の作品集的刊行も多く,十一屋太右衛門による《立花(りつか)大全》や,富春軒による《立華時勢粧(りつかいまようすがた)》をはじめ,立花愛好者たちの需要にこたえた刊本が数多く出版されている。…

※「大住院以信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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