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槐記 カイキ

世界大百科事典 第2版の解説

かいき【槐記】

江戸中期の聞書。摂政太政大臣であった近衛家熙(このえいえひろ)の侍医,山科道安(やましなどうあん)が家熙の行状,談話を記したもの。享保9年(1724)正月から享保20年(1735)12月に至る。全11巻。家熙は和漢の学に通じ,有職に明るく,書画,和歌に秀で,茶道,華道香道奥秘を極めた,深くかつ広い教養を身につけた最高位の公家であり,随所にそれがうかがえる。茶道,華道,香道にわたる記述が多いので,今日これらを考究する人の必読文献となっている。

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大辞林 第三版の解説

かいき【槐記】

江戸時代の茶書。正編七巻、続編四巻。近衛家熙いえひろの侍医山科道安が、1724年から35年にいたる家熙の言行を集めたもの。茶の湯をはじめ歌道・香道・花道・有職について詳記。正称「槐下与聞」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

槐記
かいき

近衛(このえ)予楽院家煕(いえひろ)の侍医山科(やましな)道安が、太政(だいじょう)大臣家煕の言行を随時集録した日記。1724年(享保9)から1735年に至る。書名は初め『槐下与聞』と名づけられたが、のちに『槐記』と改称された。槐は大臣の唐名である槐門にちなむ。内容は、博学多芸で批判精神に富む家煕の言動が網羅され、また予楽院文化サロンの盛況が描写されている。公家(くげ)の学問、文芸ないし古典文化研究の好個の資料である。とくに茶の湯に関する記事は多く、当座の会記が掲げられ、そこで家煕が茶法を講説したり、書画や道具の来歴、扱いを説くなど、公家による唯一無二の茶道書となっている。ちなみに、家煕は12歳から18歳までの間に5回も後西(ごさい)天皇の茶会に出席しているが、後年大茶人として完成されてゆく素地が、すでにこのころから培われていたと思われる。家煕には1713年(正徳3)から没年の36年まで300会に達する膨大な『家之茶会』が残されており、『槐記』はその間に筆録されたものである。なお本書は歌道、有職(ゆうそく)、花道、香道にも詳しく、当初、香道の秘事が多いため他見を禁じられたといわれるが、写本もかなり多い。陽明文庫に道安自筆本が所蔵されている。[筒井紘一]

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世界大百科事典内の槐記の言及

【近衛家熙】より

…25年(享保10)12月24日出家し,真覚と号す。すこぶる文を好み,書をよくし,また茶の湯などにも精通し,博学多識ぶりは,その言行を筆録した侍医山科道安の《槐(かい)記》にうかがえる。【橋本 政宣】。…

【台記】より

…左大臣藤原頼長の日記。《槐記(かいき)》《宇槐記》《宇治左府記》などとも呼ぶが,これらは大臣の唐名〈三台〉〈三槐〉,もしくは頼長の居所,官職に由来する。記事は生彩に富み,深い学殖に裏打ちされて詳細かつ精確である。…

※「槐記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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