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大原今城 おおはらの いまき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大原今城 おおはらの-いまき

?-? 奈良時代の官吏。
父は穂積(ほづみ)親王。母は大伴郎女(いらつめ)。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)9年(757)従五位下となり,治部少輔(じぶのしょう),左少弁,上野守(こうずけのかみ)を歴任。藤原仲麻呂の乱ののち官位をうばわれるが,宝亀(ほうき)2年従五位上に復し,兵部(ひょうぶの)少輔,翌年駿河守(するがのかみ)となる。「万葉集」の歌から大伴家持との親交がうかがえる。今城王,大原今木ともいう。

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朝日日本歴史人物事典の解説

大原今城

生年:生没年不詳
奈良時代の皇別氏族出身の官僚。歌人。姓は真人。もと今城王といった。穂積皇子と大伴坂上女郎の子。天平11(739)年高安王らと共に大原真人の氏姓を与えられた。同20年兵部少丞正七位下などを経て,天平勝宝9(757)年,従五位下,治部少輔。天平宝字7(763)年左少弁に任じられたが,藤原仲麻呂の乱に連座して官職位階を奪われたらしい。宝亀2(771)年従五位下に復し兵部少輔になり,翌年駿河守に任じられたとあるのが史料にみえる官歴の最後である。『万葉集』に18首の歌を残し,大伴家持と親交のあったことが知られる。

(狩野久)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

おおはらのいまき【大原今城】

奈良時代の貴族,万葉歌人。生没年不詳。はじめ今城王といったが,のち大原真人を賜る。母は大伴郎女(大伴坂上郎女)という。兵部少丞・上総大掾・兵部大丞をへて,757年(天平宝字1)従五位下となる。ついで治部少輔・左少弁。756年以後のあるとき,原因は不明だが無位となり,771年(宝亀2)本位従五位上に復され,兵部少輔となる。《万葉集》に作歌が9首見え,大伴家持としばしば宴をともにした。748年(天平20)彼の戸口が奴婢を東大寺に売却している。

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