大嘉新村(読み)おおかしんむら

日本歴史地名大系 「大嘉新村」の解説

大嘉新村
おおかしんむら

[現在地名]燕市長所ちようしよ

長所村から姥島うばじま村・打越うちこし(現西蒲原郡中之口村)に至る道筋の南にあり、東は長池新ながいけしん村。明暦三年(一六五七)に村上藩の検地が行われ、検地帳写(北条家文書)によれば村高一二四石三斗・反別一〇町五反、うち田一二〇石七斗・九町九反。高請百姓は加兵衛の七町六反を最高に五人。元禄郷帳に古くは角右衛門新田と称したとある。燕組大庄屋樋口嘉兵衛により開発され、村名はその名にちなむともいう(大川のほとり)新田検地は万治元年(一六五八)・寛文一〇年(一六七〇)・宝永五年(一七〇八)の三回あり、二石余(三反)増加し、村高は一二六石九斗で幕末まで変わらない。享保一八年(一七三三)の反別帳(北条家文書)によれば、上田中田下田・上畑・下畑ごとに割地がなされ、一軒前反別は一町八反余である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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