大園(読み)おおぞの

日本歴史地名大系 「大園」の解説

大園
おおぞの

[現在地名]山鹿市名塚

「国誌」所収の菊池持朝裏書がある永享六年(一四三四)一二月二一日の日輪禅寺建立次第に記す同寺寺領に「一所壱町ハ吉田大園之内野豆」とある。「国誌」には名塚なづか村の項で同村の郊外に大園という所があり、慶長(一五九六―一六一五)頃より農村なしといい、また一説として寛永(一六二四―四四)頃までは上吉田かみよしだ・下吉田・大園・名塚は一村であったが、のちに三ヵ村に分れて大園の民家は名塚村の一町平いつちようびらに移転、しかし同地も正徳(一七一一―一六)頃には人家がなくなったと記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 肥集録 小村

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む