現代では都市の近くの住宅地を意味し,サバーブsuburb(英語),フォアシュタットVorstadt(ドイツ語),バンリューbanlieue(フランス語)などに対応する。これらの語は近代以前にはいずれも現代とは異なる意味をもっていたが,19世紀以降に都市の周辺に住宅地が発達するにつれ,それらの住宅地を指すようになり,郊外生活,郊外鉄道などの語も生まれた。〈郊〉は中国語では本来,国城のはずれの地を指し,周制では国城を去る50里の地を近郊,100里の地を遠郊と呼んだ。また郊には国境や田園などの意味もあった。郊外の語は日本でも古代から使われたが,それは〈みやこ〉の周辺の田園地帯であり,貴族たちが都会生活を離れて別荘を構えたり,野遊びをする場所であった。近代以前のヨーロッパにおける郊外も,城壁に囲まれた都市の生活からのがれて,自然に親しみ休息と遊興を楽しむ場所と考えられていた。日本で郊外の語が多く使われるようになるのは江戸時代中期以降で,このころから江戸や大坂などの周辺地域が庶民の遊楽でにぎわうようになったことに対応すると考えられる。観音詣のような郊外の神社,寺院の参詣が盛んになり,梅屋敷のような遊楽施設が都市の周辺につくられ,それらへの遊楽客を運ぶ船宿が繁昌した。《江戸名所図会》のような地誌や地図も,郊外の景勝地を詳しく紹介するようになった。
明治時代の東京も,明治30年代までは山の手の旧武家屋敷町のすぐ外側の地域がすでに郊外であったが,30年代の末から大正時代にかけて,鉄道がつぎつぎに開設され,俸給生活者の郊外居住を可能にしたことにより,郊外はより遠くへと移動した。また郊外の語の意味が,都市周辺の田園地帯を指すものから,しだいにこれらの鉄道沿線に発達した住宅地を指すものへと変わっていった。日本における郊外の変化,発達を記録した優れた文学作品に,国木田独歩の《武蔵野》(1901)と徳冨蘆花の《みみずのたはごと》(1913)がある。前者は鉄道が発達する以前の東京周辺の自然描写と並んで,〈郊外の林地田圃に突入する処の,市街ともつかず宿駅ともつかず,一種の生活と一種の自然とを配合して一種の光景を呈している場処を描写すること〉の詩興を記し,後者では,蘆花が1907年に移り住んだ現在の東京都世田谷区粕谷1丁目の地の生活の変化(蔬菜畑の増加,鉄道開通,地価上昇等)を詳細に記録している。日本で東京,大阪などの大都市周辺に郊外住宅地が大規模に発達するのは,関東大震災(1923)前後の時期であり,それは衛生,医療,公共施設等の面で種々の問題を生み出した。柳田国男の《朝日新聞論説集》(1924-30)や《明治大正史世相篇》(1930)には,それらについての優れた批判が見られる。第2次大戦後におけるより大規模な人口の都市集中は,大都市周辺に多数の小都市を生み出したが,これらは〈衛星都市〉と呼ばれ,それを包括する地域を〈大都市圏〉としてとらえるようになった。
→田園都市
執筆者:大河 直躬
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
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