大垪和東村(読み)おおはがひがしむら

日本歴史地名大系 「大垪和東村」の解説

大垪和東村
おおはがひがしむら

[現在地名]中央町大垪和東

二上(ふたかみ)山(六八九・二メートル)と王(おう)山(五六二・一メートル)に挟まれ、打穴(うたの)川の上流大原(おおはら)渓・向上(こうじよう)渓の源のある山地の村。南は大垪和西村。道は二上山の裾をめぐって北の小山(こやま)村(現旭町)へ向かう。もと大垪和村で、延宝四年(一六七六)東村・西村に分村し(作陽誌)、両山寺(りようさんじ)村は享保二年(一七一七)までに大垪和東村から分村した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む