大塚新村(読み)おおつかしんむら

日本歴史地名大系 「大塚新村」の解説

大塚新村
おおつかしんむら

[現在地名]上市町和合わごう

赤木あかぎ村の西、白岩しらいわ川と栃津とちづ川の扇状地に位置し、南は野徳新のとくしん村、北は横越よこごし村、西は中村新なかむらしん村。寛文一〇年(一六七〇)の村御印によれば草高五七石、免三ツ二歩(三箇国高物成帳)。その後元禄七年(一六九四)に検地引高二九石が発生、一方享保八年(一七二三)・享和三年(一八〇三)・文化一四年(一八一七)・天保九年(一八三八)の手上高が計一二石あって都合高四〇石となる(天保一一年「高免帳」杉木家文書)


大塚新村
おおつかしんむら

[現在地名]福光町大塚

竹林新たけばやししん村の南にある。山田野やまだの新田開発によって延宝三年(一六七五)に成立した新村(出来新村・退転村記申帳)田中たなか村加右衛門を頭百姓として開かれたので加右衛門かえもん開ともいう。大塚新村の名は村内に後醍醐天皇の皇子宗良親王の子尹良親王の塚といわれる大きな塚があることにちなむとされる(福光町史)。三箇国高物成帳には延宝元年からの新開高二八四石、一免下り二ツ、村御印はないとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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