大川内山(読み)おおかわちやま

日本歴史地名大系 「大川内山」の解説

大川内山
おおかわちやま

[現在地名]伊万里市大川内町字大川内山

青螺(せいら)山(五九八メートル)・牧(まき)ノ山(五五三メートル)の山懐に抱かれた集落。鍋島藩御用の鍋島焼製造地御道具山は、延宝三年(一六七五)この大川内山に移転してきたといわれる。それ以前のものとしてこの地に権現谷(ごんげんだに)窯跡、清源(せいげん)・御経石(おきよういし)の窯跡、高麗人墓があり、この一帯はすでに陶里であったとされる。

藩窯移転の経過について「鍋島藩窯」(佐賀県立博物館刊)は次のように記している。

第一期は有田内山(ありたうちやま)(現西松浦郡有田町)の岩谷(いわや)河内(ごうち)時代で、おおむね寛永五年(一六二八)から万治三年(一六六〇)の三〇年内外。染付類や青磁類が主であり、随時に特注品を焼成し、組織づけられた御細工場は設けられていない。第二期は南川原山(なんがわらやま)(現西松浦郡有田町)時代で、寛文初年から延宝三年。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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