大沢野用水(読み)おおさわのようすい

日本歴史地名大系 「大沢野用水」の解説

大沢野用水
おおさわのようすい

大沢野町にある神通川右岸の用水。明治以前の大沢野は不毛の原野であった。また明治初年に大沢野用水が一部通水した後も風当たりが強い所で、小砂混じりの土であったため水持ちが悪く、農作物も十分育たなかったという。大沢野は低い台地状になっており、これに沿うように流れる神通川の川床が浅いため、灌水するには数里上流で取水する必要があった。富山藩では塩野しおの開発と同時に、享和年間(一八〇一―〇四)大沢野の開発を企図したが、実現に至らなかったという。文政二年(一八一九)に神通川上流の寺津てらづ村で取水する計画を立てたが、寺津村をはじめ水路にあたる加賀藩領の関係七ヵ村の反対などで実現しなかった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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