大浜八幡神社(読み)おおはまはちまんじんじや

日本歴史地名大系 「大浜八幡神社」の解説

大浜八幡神社
おおはまはちまんじんじや

[現在地名]今治市大浜

中砂場なかさば丘陵にあり、祭神は越智国造の乎致命で、その後裔越智高縄の創建と伝える。神域は広大で神奈備かむなびの森といい、神池・神苑をもち社殿城跡のように二段、三段と石垣をめぐらしている。社伝によると天智天皇の時、瀬戸内の海上島にあった門島神を遷座して門島神社と号し、饒速日命・天道日女命等を合祀したとある。旧県社。

「三代実録」仁和元年(八八五)二月一〇日条によると、門島神が従五位下に叙せられている。この門島神は宇佐(現大分県宇佐市)より八幡神を勧請して大浜八幡と改称したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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