大能野駒山跡(読み)おおののごまやまあと

日本歴史地名大系 「大能野駒山跡」の解説

大能野駒山跡
おおののごまやまあと

大能おおのう上君田かみきみだ・下君田などの広大な山間に今も延々と続く土手跡が残る。駒山の野駒除けの跡である。

延宝六年(一六七八)水戸二代藩主徳川光圀は国家平日の用、緩急の備えとして大能村大谷地おおやじに種馬一三疋を放ち、水戸藩最初の牧場を開設して大能野駒山と称した。以後元禄元年(一六八八)までの一一年間に放された種馬の合計は六二疋。ところが野駒の増殖で周辺村々は作を荒され、困苦した。貞享三年(一六八六)頃の大能村の訴状下書「乍恐以書付御訴訟申上候事」(佐川家蔵)には、大能・上君田・下君田・横川よこかわの「四ケ村之者共退転に及」ぶであろうと記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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