大蔵経寺(読み)だいぞうきようじ

日本歴史地名大系 「大蔵経寺」の解説

大蔵経寺
だいぞうきようじ

[現在地名]石和町松本

平等びようどう川の右岸物部もののべ神社の東にある。松本山と号し、真言宗智山派。本尊は不動明王。甲斐真言宗七檀林の一。養老六年(七二二)行基の開創、当初は青獅子山松本寺と称したが、応安三年(一三七〇)足利義満の庶子と伝える観道が中興開山となり、甲斐守護武田信成が義満の命を受けて荒廃したこの寺を再興し、三層の宝塔に大蔵経(一切経)を納めたことから現在の山号・寺号に改めたと伝える(寺記)。「甲斐国志」によれば、元禄元年(一六八八)六月七日に塔が焼失したため、経典についての伝承はつまびらかでなかったが、県立図書館所蔵の甲州文庫のなかに一切経の瑜伽師地論巻二七・巻六一の二巻が含まれており、奥書から貞和五年(一三四九)陵辺おかべ庄大蔵経寺の三層塔に納められたことが明らかとなり、伝承と符合する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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