大豆札郷(読み)おおまめふだごう

日本歴史地名大系 「大豆札郷」の解説

大豆札郷
おおまめふだごう

近世の北坂梨きたさかなし村の小村の豆札周辺地域と思われ、中世には東大豆札郷・西大豆札郷・豆札郷などとみえる。元徳二年(一三三〇)一月一四日の阿蘇社造営料木第三箇度切符写(阿蘇家文書)に「田崎、大豆札」とあり、四宮の裏板二〇枚、庇縁一五支および人夫五〇人を負担している。その後も阿蘇社の造営などに際しては料木を負担し、祭礼時にも諸役を負担している。建武三年(一三三六)三月一一日の阿蘇社領郷村注文写(同文書)には中司の権大宮司が沙汰する東郷のなかに「一所十町 東大豆札 三窪郷」とみえ、三窪みくぼとともに一郷を構成している。至徳二年(一三八五)八月七日の阿蘇社領郷々注文(同文書)には「一所まめらふた一け」とあり、このうち三町四反は南郷の武家方大宮司惟村の代官として「しよしんハう」と「なかゝ」の代官が知行し、三町三反は惟村の代官「たかさきの又たらう」と「なかゝ」の代官が知行し、残りの三町三反は大宮司の御料所(直轄領)とされている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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