天ヶ城跡(読み)てんがじようあと

日本歴史地名大系 「天ヶ城跡」の解説

天ヶ城跡
てんがじようあと

[現在地名]小浜市西津福谷

羽賀(はが)・奈胡(なご)との境をなす天ヶ城山(二六六・三メートル)山頂にある。南・北・東三方から集まる稜線の頂点で眺望はよく、北は敦賀半島、西は大飯郡の海岸部が見渡せる。若狭守護武田氏の本城がある後瀬(のちせ)山も眼前にあり、南側先端丸(まる)山には当城の出城茶磨山(ちやまやま)城がある。

城跡は南北に延びる稜線上で総延長二五〇メートル、最大幅三七メートル、北・南の二郭で構成される。南郭は最高所に櫓台を置き、次郭の東側は土塁で囲む。中段には小郭があって、最下段が最も広い平場となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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