天山陵(読み)ていんさんりよう

日本歴史地名大系 「天山陵」の解説

天山陵
ていんさんりよう

[現在地名]那覇市首里池端町

首里城の北西方の岩丘南側中腹にある墓。ティンサンとよぶ。第一尚氏尚巴志の陵墓と推定されている。岩丘は近世町端まちばた村の北西端、大中うふちゆん村と山川やまがー村との境界にある。「歴代宝案」第一集巻四三に正統四年(一四三九)国相懐機から天師府大人に宛てた書簡に、国王尚巴志が死去し、「請葬陵于本国都城外天齎山(請いて本国の都城の外の天齎山に葬陵す)」とみえる。天齎山は天山に比定されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む