天樹院跡(読み)てんじゆいんあと

日本歴史地名大系 「天樹院跡」の解説

天樹院跡
てんじゆいんあと

[現在地名]萩市大字堀内

橋本はしもと川ときくはまとを結ぶ疎水に架かる指月しづき橋の東、萩城三の丸にあった毛利輝元の菩提寺。臨済宗南禅寺派で山号は砂麓山、本尊聖観音

元和二年(一六一六)輝元は当地に隠居所を設けて移り住み、寛永二年(一六二五)七三歳で没した。同四年遺言により隠居所を菩提寺とし、法名天樹院殿黄門雲巌宗瑞大居士にちなみ、天樹院と号した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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