天生金山跡(読み)あもうきんざんあと

日本歴史地名大系 「天生金山跡」の解説

天生金山跡
あもうきんざんあと

[現在地名]河合村天生

茂住宗貞が発見、金山かなやま谷の七枚平しちまいだいらという地名は、当時一日に小判七枚相当の金がとれたことによるという。江戸初期に相当繁盛していたことが想像される。宝永年間(一七〇四―一一)の様子を御宝湧出鑑(国府町郷土館蔵)は「天生金山間歩弐ケ所、是は宝永七庚子年普請相止申候(中略)鉉細く罷成、仕当ニ合不申候ニ付相止申候、先年大盛り大金掘出し、家数千軒余も御座候、其屋鋪跡于今有之」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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