天町(読み)てんびんちよう

日本歴史地名大系 「天町」の解説


てんびんちよう

上京区日暮通下立売上ル

南北に通る日暮ひぐらし通を挟む両側町。町の北は出水でみず通。平安京大内裏「左近衛府」の跡地(「拾芥抄」の宮城指図)

近世初期の聚楽第じゆらくだい遺構では天秤堀とよばれた南外堀跡にあたり、「坊目誌」は町名はこれによるといい、堀は元禄一二年(一六九九)に埋立、人家を建てたと記すが、既に寛永一四年(一六三七)洛中絵図に「てんびん丁」とあり、町屋の形成がみられる。また承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図では「下天びん丁」、寛文後期の洛中洛外之絵図には「くしげ町」とあるが、宝暦一二年(一七六二)刊「京町鑑」では「天秤町 北半町南半町二町に分る」とあり、この頃には分れていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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