天神社跡(読み)てんじんしやあと

日本歴史地名大系 「天神社跡」の解説

天神社跡
てんじんしやあと

[現在地名]広川町山本

山本やまもとの北部、乙田おとんだ山にあったが、現存しない。山本・西広にしひろ唐尾かろ和田わだ四ヵ村(現広川町)の産土神であった。もと中野なかの(現同上)八幡宮(現広八幡神社)境内にあってひろ荘の天神といったが、応永一八年(一四一一)に相論があって四ヵ村が分れ、天神社を当地光明こうみよう(西山浄土宗)の薬師堂境内に移して氏神とした。慶安五年(一六五二)頃乙田山へ移った(社殿墨書銘)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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