天秀法泰尼(読み)てんしゅう ほうたいに

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「天秀法泰尼」の解説

天秀法泰尼 てんしゅう-ほうたいに

1609-1645 江戸時代前期の尼僧
慶長14年生まれ。豊臣秀頼の娘。慶長20年の大坂城落城後,千姫養女となる。鎌倉臨済宗(りんざいしゅう)東慶寺にはいり,のち住持。諸堂を再建し,男子禁制・縁切寺法の特権をまもった。正保(しょうほ)2年2月7日死去。37歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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