天野庄(読み)あまののしよう

日本歴史地名大系 「天野庄」の解説

天野庄
あまののしよう

古代の田方郡天野郷(和名抄)の郷名を継ぐ。郷域は現天野一帯に比定され、狩野かの川河岸段丘上に位置する。建武四年(一三三七)一二月二日の足利尊氏御教書写(天野毛利譜録)に「伊豆国天野庄」とみえ、天野顕氏が父顕義・伯父政貞より伝領した当庄などを安堵されている。同様の文書を載せる「萩藩閥閲録」によれば、顕氏の五代の祖遠景が当庄の地頭職を所有していたというが、ともに検討の必要がある史料で、庄園として存在していたかどうかも不明である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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