天雄寺貝塚(読み)てんゆうじかいづか

日本歴史地名大系 「天雄寺貝塚」の解説

天雄寺貝塚
てんゆうじかいづか

[現在地名]雄勝町雄勝 寺

雄勝湾最奥部の南岸、港より南西約三〇〇メートルの山麓、天雄寺境内の北西隅斜面にある。カキクボガイイボニシなどの岩礁性巻貝類を主体とし、アサリウチムラサキの二枚貝をも含む鹹水産貝塚で、時期は縄文中期末から後期初頭を示す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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