太田章三郎(読み)おおた しょうざぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「太田章三郎」の解説

太田章三郎 おおた-しょうざぶろう

1770-1840 江戸時代後期の武士,俳人
明和7年3月28日生まれ。阿波(あわ)徳島藩士。学問所奉行,目付,大坂留守居役などをつとめた。俳諧(はいかい)を森々庵松後にまなび,俳句結社平生社をつくった。天保(てんぽう)11年9月6日死去。71歳。名は信圭。俳号は小春園(以旧堂)蓼花。姓はのち武市。通称は別に左兵衛。著作に「祖谷山日記」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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