夷王山墳墓群(読み)いおうさんふんぼぐん

日本歴史地名大系 「夷王山墳墓群」の解説

夷王山墳墓群
いおうさんふんぼぐん

[現在地名]檜山郡上ノ国町字勝山

夷王山(標高一五九メートル)の南東斜面、標高一〇〇―一四〇メートルに勝山かつやま館跡の背後を取囲むように六地区にわたって六五〇基余の墳墓が点在、国指定史跡の勝山館跡に包含されている。墳墓の最大は直径七・一×六・八メートル、最小は〇・五メートル。比高二センチから約一二八センチほどの円墳状を呈するが、すでに形状のわからないものも多い。大正七年(一九一八)の「上ノ国村郷土史」に墳墓と認められる土饅頭数個があると初めて紹介された。昭和二七年(一九五二)明治大学考古学研究室により一〇〇基が確認された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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