奈呉町
なごまち
[現在地名]新湊市放生津町
内川が富山湾に流入する湊口の東に位置。浜往来が通り、湊口西側は古新町、東は中町、南は内川で、北には砂浜が続く。町名は「万葉集」にみえる奈呉の浦に由来。町中央には内川を背にして気比社・住吉社(現気比住吉神社)が鎮座(嘉永六年「放生津領分間絵図」新湊市教育委員会蔵)。中世当地一帯は越前敦賀(現福井県敦賀市)の気比神宮領であった。末社の気比宮は江戸時代中頃に現在地へ移った(新湊市史)。気比宮の門前地は宮町、のち恵比須町、その西方は大奈呉とよばれていた(同書)。内川の湊口に面して魚場があり、三九歩余の広さであった(「総絵図並歩数等書写」柴屋文書)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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