奥山寺村(読み)おくさんじむら

日本歴史地名大系 「奥山寺村」の解説

奥山寺村
おくさんじむら

[現在地名]加西市国正町(くにまさちよう)

国正村の北西、播但中央山地の南東端に位置する。古刹奥山寺があり、同寺の門前村として成立した。天正一六年(一五八八)と推定される二月九日の木下吉隆書状(長浜文書)は四ヵ所の百姓中に宛てられているが、四ヵ所のうち「おさい寺」は当地のこととみられる。慶長国絵図には「おさ一村」とみえ、その北東に「尾佐市ノ内」とも記されている。領主の変遷は国正村と同じ。正保郷帳に奥山寺村とみえ、田方六七石余・畑方二五石余。天保郷帳では高一〇六石余。旧高旧領取調帳では高九六石余で、ほかに奥山寺領一〇石がある。寛保二年(一七四二)の寺数七・寺中人数二三、門前百姓一三軒・六一人、牛三(宇仁郷史料)、明治五年(一八七二)の寺数三・寺中人数一〇、門前百姓八軒・四四人、牛六(同書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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