棟梁(読み)トウリョウ

デジタル大辞泉 「棟梁」の意味・読み・例文・類語

とう‐りょう〔‐リヤウ〕【棟×梁】

建物むねはり
《棟と梁は家を支える重要な部分であるところから》
一族一門の統率者。集団かしら頭領。また、一国を支える重職
仏法を守り広める重要な地位。また、その人。
大工親方
[類語]ちょうおさかしらトップ大将主将闇将軍親方親分親玉首領頭目ボスドン

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精選版 日本国語大辞典 「棟梁」の意味・読み・例文・類語

とう‐りょう‥リャウ【棟梁】

  1. 〘 名詞 〙
  2. 屋根の棟(むね)と梁(はり)。むねうつばり。
    1. [初出の実例]「二貫文堂棟梁挙散料」(出典:正倉院文書‐天平宝字五年(761)造法華寺金堂所解案)
    2. 「楼閣高く秀(ひいで)朱丹霞に色を交(まじゆ)。棟梁(トウリャウ)はるかに聳(そびえ)て」(出典:地蔵菩薩霊験記(16C後)五)
    3. [その他の文献]〔荘子‐人間世〕
  3. ( 棟と梁は建物の重要な部分であるところから ) 国家の重要な任務に当たる人。
    1. [初出の実例]「為国棟梁、作民船橋」(出典:家伝(760頃)上)
    2. [その他の文献]〔後漢書‐陳球伝〕
  4. ある集団の中心となる人。指導的立場にある人。おもだったもの。かしら。首領。頭領。
    1. [初出の実例]「禅林時見摧枝幹、梵宇長懐棟梁」(出典:文華秀麗集(818)中・哭賓和尚〈嵯峨天皇〉)
    2. 「武家の棟梁となり、征夷将軍の院宣をかうぶれり」(出典:平治物語(1220頃か)下)
  5. 特に、仏法を護持し、ひろめるにあたって大切な人物。仏法の保護者。
    1. [初出の実例]「百済沙門道蔵、寔惟法門領袖、釈道棟梁」(出典:続日本紀‐養老五年(721)六月戊戌)
  6. 中世、奈良興福寺の衆徒のうちで、特に代表として衆中(しゅちゅう)を統率支配したもの。筒井氏古市氏が有名。衆中棟梁。
    1. [初出の実例]「衆中古市一任之棟梁也」(出典:大乗院寺社雑事記‐長享元年(1487)一一月八日)
  7. 大工のかしら。工匠の親方。〔文明本節用集(室町中)〕
    1. [初出の実例]「造家屋者、惣称大工其長謂棟梁」(出典:雍州府志(1684)七)

とう‐りゅう【棟梁】

  1. 〘 名詞 〙とうりょう(棟梁)
    1. [初出の実例]「殊に逸成・名虎を語らひ、謀叛のとうりう」(出典:歌舞伎・名歌徳三舛玉垣(1801)五立)

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改訂新版 世界大百科事典 「棟梁」の意味・わかりやすい解説

棟梁 (とうりょう)

本来の意味は建物の棟(むね)と梁(はり)を指したが,これらが高くそびえる位置にあり,また建物の重要な部分であることから,集団の中心的人物,指導的立場にある人物を指すようになった。〈統領〉〈頭領〉も同じ意である。中世では武家の一門など血縁集団や,一国・一郡といった地域集団,また寺社の衆徒などを統率する人物をいった。中世末から近世にかけ大工・左官をはじめとする職能集団の指導的人物を指すようになる。

棟梁の中で歴史学上もっとも重要なのは,武家の棟梁で,源義家が〈武士の長者〉(《中右記》)と呼ばれたのは同じ意味である。平安時代後期から中世にかけては,桓武平氏清和源氏のように,地方武士を全国的に統率した最上級の武士をさした。また中世の興福寺の衆徒では,その中の特に代表として統率したものを棟梁と呼び,筒井氏が一乗院方の,古市(ふるいち)氏が大乗院方の衆徒の棟梁であった。
執筆者:

一般には指導的立場を務める大工を棟梁と呼ぶ。このほか建設に関与する職人の指導者を鍛冶,左官などの職種ごとに棟梁と呼び,大工棟梁をはじめ,鍛冶棟梁左官棟梁などと呼んだ。大工棟梁が棟札(むなふだ)などから確認できるのは15世紀以降である。中世までは建築職人の分業がすすまず,工事組織は血縁的なものか,社寺等に従属する座などの閉鎖的なものであった。それが近世に向かって,大工,木挽(こびき),左官,屋根葺,鍛冶など,職人の専門的な分化がすすみ,一方,城郭や町の建設がさかんとなるにつれ,閉鎖的な組織を打ち破って造営工事を合理的に運営する,新しい組織を必要とするようになって,棟梁という個人的技能に基づく工事指導者と組織が成立していったといえる。江戸幕府の建設に関与する職制では,作事方(さくじかた)に大工頭-大棟梁(だいとうりよう)-大工棟梁,小普請方(こぶしんかた)に大工棟梁,大鋸(おが)棟梁・石方棟梁があった。このうち諸職の棟梁たちを統率する大棟梁は,棟梁たちの棟梁という意味である。これらは幕府から役料を支給されて公儀普請を監督したものであるが,民間においても工事指導者を,敬意をこめて棟梁と呼ぶようになった。日本の建築は木造が主体であるため,工事全体を見通す立場にふさわしいのは,工事の最初から最後まで働く大工である。それは種々の職人を統率するにもふさわしいことを意味しており,ことに18世紀以降は工事の入札請負制が普及して,工事全体を監督指導する大工を棟梁と呼ぶようになり,逆に棟梁といえばしだいに大工を指すようになった。
執筆者:

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百科事典マイペディア 「棟梁」の意味・わかりやすい解説

棟梁【とうりょう】

統領・頭領とも記す。棟(むね)・梁(はり)から重要な任務にあたる者,集団の中心となる人などをいう。平安後期から中世にかけて桓武(かんむ)平氏清和(せいわ)源氏などのように諸国の武士を統率した者を称したほか,武家の一門などの血縁集団や一国一郡などの地域集団の統率者にも用いられた。また奈良興福(こうふく)寺では衆中を統率した者をよんでいる。中世末期から近世には職人集団の頭(かしら)を棟梁とするようになり,15世紀から棟札(むなふだ)に大工棟梁が確認できるが,鍛冶棟梁・左官棟梁などもあった。大工は普請(ふしん)の始めから仕上げまで関与することから全体を統括する立場にあり,棟梁とよばれることが多くなったものであろう。江戸幕府の職制では作事方に大工頭−大棟梁−大工棟梁,小普請方に大工棟梁・大鋸(おが)棟梁・石方棟梁があった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「棟梁」の意味・わかりやすい解説

棟梁
とうりょう

諸国武士団の統率者。一般には集団の指導者の意味で、頭領とも書く。平安時代末の有力武士団の長には、一国の棟梁、家門の棟梁などとよばれる者がいたが、それら全体の統率者とみなされたのが「武家の棟梁」「武門の棟梁」である。その始まりは、10世紀なかばの平将門(まさかど)の乱を鎮圧した平貞盛(さだもり)、藤原秀郷(ひでさと)の末裔(まつえい)たちが、その武力を認められて摂関家など中央貴族の家人(けにん)となって奉仕するかたわら、諸国の武士団を統率するようになったことにある。東国における武家の棟梁は、平忠常(ただつね)の乱(1028)、前九年・後三年の役を経て清和源氏(せいわげんじ)の長者(ちょうじゃ)の占めるところとなり、一方西国においては、伊賀(いが)、伊勢(いせ)を拠点に院政権と結び付いて成長した桓武平氏(かんむへいし)の長者が棟梁と考えられる。治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の乱後、源頼朝(よりとも)は鎌倉に幕府を開き、武家の棟梁として全国に君臨した。なお江戸時代以降、棟梁はおもに大工の頭(かしら)、職人集団の指導者をさすようになる。

[鈴木国弘]

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故事成語を知る辞典 「棟梁」の解説

棟梁

ある国やある集団を支える重要な人物のたとえ。また、大工の親方のこと。

[使用例] 武門の棟梁たる者が、婦女子ごとき情をお持ちあそばすものではござらぬ[司馬遼太郎*国盗り物語|1963~66]

[由来] 中国で、古くから使われていた表現。たとえば、「後漢書―陳球伝」には、二世紀の中国、後漢王朝の時代に、クーデターになかなか踏み切れないりゅうこうという武将に対して、ある人物が「『公は国の棟梁たり(あなた様は国を支える重要人物です)』。国が危ない状態なのに救おうとしないで、どうするのですか」と決断を促す場面があります。なお、「棟」は、屋根のいちばん高い所に差し渡す材木、「梁」は、屋根を底辺から支える材木のことです。

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普及版 字通 「棟梁」の読み・字形・画数・意味

【棟梁】とうりよう(りやう)

棟木と、うつばり。重責の人にたとえる。〔三国志、魏、高柔伝〕(上)今、輔の臣、皆國の棟梁にして、民の(とも)に瞻(み)るなり。

字通「棟」の項目を見る

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「棟梁」の解説

棟梁
とうりょう

集団の中心・指導的人物。統領・頭領なども同意。もとの意味は建物の棟(むね)と梁(はり),家屋全体や屋根を支える重要部分のこと。武家集団・寺社の衆徒や郡・郷住人を束ねる者,ことに近世には大工・左官などの職能集団の統率者をさすことが多くなった。(1)武家の棟梁。武士の長者とよばれた源義家などが代表例。清和源氏・桓武平氏などの棟梁が地方武士を統率した。(2)職人の棟梁とされる大工棟梁は,15世紀以降の棟札などにみられる。近世に入ると大工・木挽(こびき)・左官・鍛冶など職人の専業化が進み,それぞれを束ねる棟梁が存在したが,ことに建築全体を統轄する大工が重要視され,江戸幕府の作事奉行には大工頭・大棟梁・大工棟梁などが職制にくまれ,大棟梁は諸職の棟梁を統率した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「棟梁」の意味・わかりやすい解説

棟梁
とうりょう

「むね」「はり」の意味から,一国,一家,一集団の統率者,「かしら」「おさ」の意となった。平安時代以降は,特に武士団の統率者をさした。地方武士団では土着国司など,いわゆる源平藤橘などの高貴の家柄が尊重され,棟梁となった。特に源氏や平氏が早くから武士の棟梁として成立したのは武士団における貴種意識が高かったからといわれる。なお,安土桃山時代から江戸時代にかけては,職人仲間の指導者の意味に多く用いられ,特に大工の「かしら」が棟梁といわれた。

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旺文社日本史事典 三訂版 「棟梁」の解説

棟梁
とうりょう

①平安末期・鎌倉時代,武士団の統率者をいう
特に清和源氏・桓武平氏が名高い。棟梁は家子・郎等と主従関係を結んだ。
②近世以後,建築に従事する職人仲間の指導者をいう。

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家とインテリアの用語がわかる辞典 「棟梁」の解説

とうりょう【棟梁】

➀指導する立場にある大工。大工の親方。
➁建物の棟(むね)と梁(はり)。

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世界大百科事典(旧版)内の棟梁の言及

【大工】より

…工事規模が小さくても,また座の規模が小さくても,統率者は大工である。大工の人数は増加し,かつての従五位下の位階を持つような,そして工事全体を統轄するような役目の者を大工と呼ぶことができなくなり,全体を統轄するものを惣大工,御大工,棟梁などと呼ぶようになった。 また,中世には木工の長を示す語として〈番匠〉の語が使われている。…

【寄合】より

…とくに,大工,左官,木挽(こびき)など建築関係の職人たちは〈太子講〉という講の組織のもとで,強い結束を保持していた。太子講の寄合は例年正月ないし2月に行われ,各組別に棟梁たちが集まる場合と,各組の棟梁の全員の集会とがあった。江戸の木挽仲間の例をみると,例年正月22日に各組の全棟梁と年寄が茶屋に集合し,さらに26日に各組別の集会が行われている。…

※「棟梁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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