棟梁(読み)とうりょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

棟梁
とうりょう

「むね」「はり」の意味から,一国,一家,一集団の統率者,「かしら」「おさ」の意となった。平安時代以降は,特に武士団の統率者をさした。地方武士団では土着国司など,いわゆる源平藤橘などの高貴の家柄が尊重され,となった。特に源氏や平氏が早くから武士の棟梁として成立したのは武士団における貴種意識が高かったからといわれる。なお,安土桃山時代から江戸時代にかけては,職人仲間の指導者の意味に多く用いられ,特に大工の「かしら」が棟梁といわれた。

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デジタル大辞泉の解説

とう‐りょう〔‐リヤウ〕【棟×梁】

建物の棟(むね)と梁(はり)。
《棟と梁は家を支える重要な部分であるところから》
㋐一族・一門の統率者。集団のかしら。頭領。また、一国を支える重職。
㋑仏法を守り広める重要な地位。また、その人。
㋒大工の親方

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百科事典マイペディアの解説

棟梁【とうりょう】

統領・頭領とも記す。棟(むね)・梁(はり)から重要な任務にあたる者,集団の中心となる人などをいう。平安後期から中世にかけて桓武(かんむ)平氏清和(せいわ)源氏などのように諸国の武士を統率した者を称したほか,武家一門などの血縁集団や一国一郡などの地域集団の統率者にも用いられた。また奈良興福(こうふく)寺では衆中を統率した者をよんでいる。中世末期から近世には職人集団の頭(かしら)を棟梁とするようになり,15世紀から棟札(むなふだ)に大工棟梁が確認できるが,鍛冶棟梁左官棟梁などもあった。大工は普請(ふしん)の始めから仕上げまで関与することから全体を統括する立場にあり,棟梁とよばれることが多くなったものであろう。江戸幕府の職制では作事方に大工頭大棟梁大工棟梁小普請方に大工棟梁・大鋸(おが)棟梁・石方棟梁があった。

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世界大百科事典 第2版の解説

とうりょう【棟梁】

本来の意味は建物の棟(むね)と梁(はり)を指したが,これらが高くそびえる位置にあり,また建物の重要な部分であることから,集団の中心的人物,指導的立場にある人物を指すようになった。〈統領〉〈頭領〉も同じ意である。中世では武家の一門など血縁集団や,一国・一郡といった地域集団,また寺社の衆徒などを統率する人物をいった。中世末から近世にかけ大工・左官をはじめとする職能集団の指導的人物を指すようになる。
[武家の棟梁]
 棟梁の中で歴史学上もっとも重要なのは,武家の棟梁で,源義家が〈武士の長者〉(《中右記》)と呼ばれたのは同じ意味である。

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大辞林 第三版の解説

とうりょう【棟梁】

(建物の屋根の主要材である)棟むねと梁はり
一国の臣。
一族・一門を率いる者。かしら。おさ。頭領。統領。 「武家の-」
大工の親方。かしら。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

棟梁
とうりょう

諸国武士団の統率者。一般には集団の指導者の意味で、頭領とも書く。平安時代末の有力武士団の長には、一国の棟梁、家門の棟梁などとよばれる者がいたが、それら全体の統率者とみなされたのが「武家の棟梁」「武門の棟梁」である。その始まりは、10世紀なかばの平将門(まさかど)の乱を鎮圧した平貞盛(さだもり)、藤原秀郷(ひでさと)の末裔(まつえい)たちが、その武力を認められて摂関家など中央貴族の家人(けにん)となって奉仕するかたわら、諸国の武士団を統率するようになったことにある。東国における武家の棟梁は、平忠常(ただつね)の乱(1028)、前九年・後三年の役を経て清和源氏(せいわげんじ)の長者(ちょうじゃ)の占めるところとなり、一方西国においては、伊賀(いが)、伊勢(いせ)を拠点に院政権と結び付いて成長した桓武平氏(かんむへいし)の長者が棟梁と考えられる。治承(じしょう)・寿永(じゅえい)の乱後、源頼朝(よりとも)は鎌倉に幕府を開き、武家の棟梁として全国に君臨した。なお江戸時代以降、棟梁はおもに大工の頭(かしら)、職人集団の指導者をさすようになる。[鈴木国弘]

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精選版 日本国語大辞典の解説

とう‐りゅう【棟梁】

※歌舞伎・名歌徳三舛玉垣(1801)五立「殊に逸成・名虎を語らひ、謀叛のとうりう」

とう‐りょう ‥リャウ【棟梁】

〘名〙
屋根の棟(むね)と梁(はり)。むねうつばり。
※正倉院文書‐天平宝字五年(761)造法華寺金堂所解案「二貫文堂棟梁挙散料」
※地蔵菩薩霊験記(16C後)五「楼閣高く秀(ひいで)朱丹霞に色を交(まじゆ)。棟梁(トウリャウ)はるかに聳(そびえ)て」 〔荘子‐人間世〕
② (棟と梁は建物の重要な部分であるところから) 国家の重要な任務に当たる人。
※家伝(760頃)上「為国棟梁、作民船橋」 〔後漢書‐陳球伝〕
③ ある集団の中心となる人。指導的立場にある人。おもだったもの。かしら。首領。頭領。
※文華秀麗集(818)中・哭賓和尚〈嵯峨天皇〉「禅林時見摧枝幹、梵宇長懐棟梁
※平治(1220頃か)下「武家の棟梁となり、征夷将軍の院宣をかうぶれり」
④ 特に、仏法を護持し、ひろめるにあたって大切な人物。仏法の保護者。
※続日本紀‐養老五年(721)六月戊戌「百済沙門道蔵、寔惟法門領袖、釈道棟梁」
⑤ 中世、奈良興福寺の衆徒のうちで、特に代表として衆中(しゅちゅう)を統率支配したもの。筒井氏や古市氏が有名。衆中棟梁。
※大乗院寺社雑事記‐長享元年(1487)一一月八日「衆中古市一任之棟梁也」
⑥ 大工のかしら。工匠の親方。〔文明本節用集(室町中)〕
※雍州府志(1684)七「造家屋者、惣称大工其長謂棟梁

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世界大百科事典内の棟梁の言及

【大工】より

…工事規模が小さくても,また座の規模が小さくても,統率者は大工である。大工の人数は増加し,かつての従五位下の位階を持つような,そして工事全体を統轄するような役目の者を大工と呼ぶことができなくなり,全体を統轄するものを惣大工,御大工,棟梁などと呼ぶようになった。 また,中世には木工の長を示す語として〈番匠〉の語が使われている。…

【寄合】より

…とくに,大工,左官,木挽(こびき)など建築関係の職人たちは〈太子講〉という講の組織のもとで,強い結束を保持していた。太子講の寄合は例年正月ないし2月に行われ,各組別に棟梁たちが集まる場合と,各組の棟梁の全員の集会とがあった。江戸の木挽仲間の例をみると,例年正月22日に各組の全棟梁と年寄が茶屋に集合し,さらに26日に各組別の集会が行われている。…

※「棟梁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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