女岡村(読み)によおかむら

日本歴史地名大系 「女岡村」の解説

女岡村
によおかむら

[現在地名]大内町中館なかだて

いも川の下流左岸にあり、赤田あかた川が芋川と合流する近くにある。赤田川を隔てて北は中館村、南は中野目なかのめ(現本荘市)に接する。

慶長一七年(一六一二)の由利郡御検地帳(本荘市立図書館蔵)内越うてつ郷の一村として村名があり、本田・出田合わせて五千六三八束刈、石高にして八〇石四升七合五勺、ほかに大豆二石六升三合とある。最上検地は貢納高表示といわれるので、実際の生産高は半途物成として一六〇石余と考えられる。帳付百姓が二五名おり、最高の高持百姓は生産高で二四石を所持し、屋敷のみを所持する無高層も多い。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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