好古堂跡(読み)こうこどうあと

日本歴史地名大系 「好古堂跡」の解説

好古堂跡
こうこどうあと

[現在地名]姫路市本町

姫路藩主酒井氏の設立した藩校。元禄五年(一六九二)上野国前橋まえばし(現群馬県前橋市)に藩主酒井忠挙が創建、寛延二年(一七四九)酒井忠恭の姫路転封の際移転した(「好古堂記録」酒井家史料)。初めは仮学舎として惣社(射楯兵主神社)の北、内京うちきよう口門西の家老屋敷をあて(白鷺城旧図)、まもなく惣社西門前で評定所(以前は会所)の地に移された。講堂には前橋から伝えた大学頭林信篤揮毫「好古堂」の扁額(現在姫路神社にある)を掲げた(姫路城史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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