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守随信義 しゅずい のぶよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

守随信義 しゅずい-のぶよし

?-1608 織豊-江戸時代前期の秤師(はかりし)。
武田義信の子。母のおじ吉川(きっかわ)守随茂済(しげなり)の養子となり,武田氏認可の秤の製造・販売をする秤座をつぐ。天正(てんしょう)10年(1582)徳川家康から甲斐(かい)(山梨県)一国の秤の特権をあたえられ,守随を名字とする。のち守随家は関東33ヵ国の権利を独占した。慶長13年11月1日死去。甲斐出身。通称は彦太郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

守随信義

没年:慶長13.11.1(1608.12.8)
生年:生年不詳
近世初期の甲州,のち江戸の秤師。父は実は武田信玄の長男義信で,母のおじである秤師守随家初代,吉川守随茂済の養子となり,天正4(1576)年2代目を継いだ。はじめ吉川彦太郎信義と称したが,武田氏滅亡の同10年以後,徳川家康から守随を苗字とすることを命じられ,甲州一国の秤の特権を得た。後藤四郎兵衛家製作の分銅に合わせた秤の目盛を刻んだ秤器作製を行い,各地にひろめて,家康の度量衡統一政策の一翼を担った。3代目正次は関東一円,4代目正得は,京都の神氏の西33カ国と分けて,東33カ国の秤を支配するようになった。<参考文献>林英夫『秤座』

(岩橋勝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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