安乎庄(読み)あいがのしよう

日本歴史地名大系 「安乎庄」の解説

安乎庄
あいがのしよう

現洲本市北部に比定される。「和名抄」記載の津名つな安平あえか郷の地に成立した庄園か。康治二年(一一四三)八月一九日、安楽寿あんらくじゆ(現京都市伏見区)領への官使などの入部、諸役賦課の停止を命じた太政官牒案(安楽寿院古文書)のなかに、同院領の庄園として淡路国津名郡内の「菅原庄」がみえ、東は海、南は炬口たけのくち庄境、西は「黒山」、北は「熊岡」を四至としていた。いっぽう貞応二年(一二二三)の淡路国大田文に載る津名郡の安乎庄には「菅原庄トモ申」との注記があり、菅原庄と安乎庄は同一の庄園であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む