安井庄(読み)あいのしよう

日本歴史地名大系 「安井庄」の解説

安井庄
あいのしよう

興福寺雑役免田である。延久二年(一〇七〇)の興福寺雑役免帳の忍海おしみ郡に「安井庄十七町一反百廿歩 不輸(租)田十一町三段七十歩 公田畠五丁八反五十歩」とある。不輸租田内訳条里(括弧内は坪数)は、極楽寺田一〇町が三一条三里(一)・四里(四)・五里(二)・六里(一)、三二条三里(五)・四里(六)・五里(二)・六里(四)・七里(五)・八里(一)、竹林寺田五段が三一条二里(一)、左京職田八段七十歩が三一条三里(一)・五里(一)、三二条四里(一)である。


安井庄
やすいのしよう

円山まるやま川左岸安井川流域にあった庄園。「但馬考」は、しも村・殿との村・おく村・藤和ふじわ村・久留引くるびき村の五村を安井庄としている。文明三年(一四七一)一二月二日には太田垣宗朝が「朝来郡安井庄御名分之内西屋敷加地子」を、享禄三年(一五三〇)九月九日には朝世が「知行分之内安井庄之内妙見田」を、それぞれ日光につこう(現八鹿町)の妙見へ寄進している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android