安岡町(読み)やすおかまち

日本歴史地名大系 「安岡町」の解説

安岡町
やすおかまち

[現在地名]津山市安岡町

城下の最西辺の町。出雲往来の両側に東西に連なり、東は茅(かや)町、西と北とは紫竹(しちく)川に架かる筋違(すじちがい)橋を隔てて小田中(おだなか)村、南は吉井川。「津山誌」は「安岡西」とする。出雲往来はもとは北寄りで、小田中村藪の鼻(やぶのはな)から二宮(にのみや)村に通じており、奥(おく)町と称した。元和七年(一六二一)吉井川が洪水のため南流したので、慶安元年(一六四八)出雲往来を付替え筋違道と称した(津山誌)。正保城絵図には茅町とともに「茅屋町」と記され、筋違橋もすでに描かれている。町名は「武家聞伝記」寛永元年(一六二四)条に「安岡町鋳物師前ニテ火あぶり」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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