安志村(読み)あんじむら

日本歴史地名大系 「安志村」の解説

安志村
あんじむら

[現在地名]安富町安志

現安富町の南部中央、安志谷の中央部に位置する。中世安志庄の遺称地。村域は南流する安志川(現林田川)両岸にわたるが、集落は右岸山麓に立地し、同川近くに市場いちば、東の台地谷頭やがしらの小集落がある。因幡国への道が南北に通り、山崎やまさき断層に沿って東西に走る道が合流する交通の要地で、飾西しきさい前之庄まえのしよう(現夢前町)へ二里一五町二九間半、山崎山田やまさきやまだ(現山崎町)へ一里一一町四八間の距離にあった(文政四年「伊能忠敬輿地実測録」内閣文庫蔵)寛文四年(一六六四)の山崎藩主池田恒元宛の領知目録(寛文朱印留)に安志町とみえ、町場的様相を帯びていた。享保元年(一七一六)以降、安志藩陣屋が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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