安敦(読み)あんとん(その他表記)An-dun; An-tun

山川 世界史小辞典 改訂新版 「安敦」の解説

安敦(あんとん)
Andun

ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの中国名。『後漢書』西域伝に,166年大秦(たいしん)王安敦の使者が日南(じつなん)郡から象牙,犀角(さいかく),瑇瑁(たいまい)など南海の物産を持って入貢した,と記す。

出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「安敦」の意味・わかりやすい解説

安敦
あんとん
An-dun; An-tun

ローマ (大秦) 皇帝マルクス・アウレリウス (在位 161~180) の漢訳名。後漢の桓帝の延熹9 (166) 年安敦の使者が日南 (現在のベトナム北方,フエ付近) に入貢した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む