翻訳|ivory
「書紀‐二七」には「象牙」の字が見え、北野本訓では「きさのき」とある。
ゾウの上顎(じょうがく)門歯(切歯)が根を生ずることなく一生長く伸び続け牙(きば)になったもので、食肉類などの犬歯が牙になったものと異なる。このため年をとれば著しく長くなるはずであるが、実際は草の根を掘ったり、木の皮をはぐのに使用するため磨滅し、むやみに長くなることはない。アフリカゾウの雄の象牙がもっとも大きくなり、長さ3.58メートルにも達したものが過去に記録された。また重さは、長さ3.1メートル、太さ65センチメートルの牙で105.8キログラムに達した報告がある。
象牙においては、歯の主体である堅い組織が他の動物に比べてもっともよく発達している。この部分は象牙質とよばれ、ここから一般に歯の当該部位名称として用いられる。一方、もろいエナメル質は、生え初めの象牙の先端を覆うだけである。象牙の外側はしばしば暗色であるが、内部は白またはクリーム色で美しい木目があり、きめが細かいため入念な細工に適し、縞(しま)目の変化や半透明の乳白の色調が美しい。このため古くから、牙彫(げちょう)工芸品の材料として洋の東西を問わず珍重されてきた。
とくに20世紀に入り象牙の輸出量が増加し、関連してアフリカ全土においてゾウの乱獲や密猟が続出した。象牙の需要は現在でも世界的に高く、ロンドンとベルギーのアントウェルペンで象牙市場が開かれ、主としてアフリカゾウの牙が集められている。現在では生きたゾウから牙をとることは法律で制限され、象牙の供給はおもにアフリカの先住民が数世紀間にわたって内密に保存してきたものによる。一方、殺したばかりのゾウからとった牙は、生きた象牙live ivoryとよばれ、密猟品も含めて、市場には全体の20%ぐらいが出る。古い象牙も、保存法のよいものは新しい象牙と質は変わらない。また、象牙とよばれているが、カバ、イッカク、セイウチなどの牙が代用されていることもある。
なお、WWF(世界野生生物基金。現、世界自然保護基金)の調査報告は、とくに密猟が急増した1983年、年間において400~500頭のゾウが犠牲になったと告げている。このような状態では、種の保存すら危ぶまれるため、日本においても1985年(昭和60)、ワシントン条約に基づく輸入貿易管理令が改正された。
[北原正宣]
さらに1989年、ワシントン条約で象牙の国際取引の原則的禁止が決定され、翌1990年から実施された。日本では1992年(平成4)に「種の保存法」が制定され、このなかで違法な象牙の国内取引を防止するための管理制度が創設された。また、1995年には国内にある全形を保持した象牙の登録制度が開始された。こうした取組みとワシントン条約の管理のもとで例外的に、1999年に50トン、2009年(平成21)に39トンの象牙が日本に輸入された。この後も規制は強化され、2016年10月、ワシントン条約締約国会議で各国の国内市場閉鎖を求める決議が承認され、日本でも2017年5月に業者の登録制導入と罰則の強化を定めた改正「種の保存法」が成立した。
[編集部 2017年9月19日]
きば状に伸びたゾウの門歯。ゾウが生きているかぎり成長を続け,大きなものは長さ3m,重さ90kgに達する。乳白の柔らかな色調ときめの美しさにくわえて,細かい細工に適しているため,古くから世界各地で工芸品の素材として珍重されてきた。ヨーロッパの旧石器時代の遺物には,マンモスのきばに人や動物の像を刻み,投槍器のような道具を製作した例が多数見いだされる。エジプト,西アジア,インド,中国などに栄えた古代文明は,それぞれに独自の技法と様式を発展させ,すぐれた美術工芸品を残している。ヨーロッパではギリシア,ローマの遺産に東方の技法をくわえ,聖物や聖像,写本類の装丁板などに代表される象牙工芸は,キリスト教工芸の重要な一部門であった。日本では奈良時代(8世紀)に中国から象牙細工が伝えられた。平安時代になって一時衰えたが,安土桃山時代から江戸時代にふたたび盛んになり,今日に至っている。カバやセイウチのきば,サイやシカの角などが象牙の代りに用いられることもあるが質は劣る。アフリカゾウは雌雄双方にきばが生じるが,インドゾウは雄のみである。一般にアフリカゾウのきばのほうが大きく質もすぐれている。今日世界に流通している象牙のほとんどはアフリカ産である。
アフリカの象牙供給地としての歴史はきわめて古い。サハラ砂漠の南と北を結ぶ交易路網は,紀元前1000年ころから存在していたとみられるが,イスラムの北アフリカ征服(7世紀末)以後,交易活動は急速に活発化した。北から送られる岩塩や武器,高級雑貨などに対して,象牙は金とならぶ南の重要な交易品であった。森林地帯で採集された象牙は,ワラタ,トンブクトゥ,ガオなどの,サハラ南縁の中継都市に集められる。さらにラクダで70日から90日,オアシスを結ぶ交易路を北上して,フェズ,チュニス,トリポリなどのイスラム都市に達し,地中海の交易網を通して,ヨーロッパや中近東の各地に送られていったのである。同じころ,東アフリカではアラビア半島からインド,東南アジアにまで達する海上交易網が存在し,多量の象牙が搬出されていた。15世紀になるとヨーロッパ人が海路西アフリカに到達するが,彼らが最初に求めたのも金と象牙であった。アフリカが供給してきた象牙はほとんどすべて未加工の素材であったが,アフリカにすぐれた象牙製品が存在しないわけではない。たとえば15世紀に興隆をきわめたギニア湾岸のベニン王国では,宮廷に専門の象牙職人を擁し,腕輪や仮面,2m前後の巨大な象牙をそのまま用いて全面に精緻な彫刻をほどこした祭祀用具などは,いずれも高度な技術と美的完成度において,世界的レベルに達している。
→象牙彫
執筆者:渡部 重行
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
… 上あごにだけ1対あるきばは第2切歯で,しばしば長くのびてきばとなる。きばの先端部は初めエナメル質でおおわれているが,まもなく磨滅してなくなり,比較的柔らかい象牙質(歯質)だけになる。きばは一生のび続ける。…
…ときには他の動物の骨や角が用いられることもある。象牙は,耐久性があり細工しやすく,洗練された気品のあるその素材ゆえに,多くの地域,時代において,小容器,浮彫板,小彫刻などに用いられた。
[西洋]
先史時代以来,マンモスの牙の表面に狩りの場面を刻んだり,豊穣の願いをこめて彫られた象牙女性像が制作された(〈レスピューグのビーナス像〉,サン・ジェルマン・アン・レー美術館)。…
…象牙を紅,緑,紺などで染め,撥彫(はねぼり)で文様を白く浮き出させたもの。さらに賦彩することもある。…
※「象牙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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