安直郷(読み)あちかごう

日本歴史地名大系 「安直郷」の解説

安直郷
あちかごう

和名抄」高山寺本・東急本ともに「安直」と記し、高山寺本は「阿知賀」、東急本は「安知賀」の訓を付し、元和古活字本は「安知加」と訓ずる。「芸藩通志」は「安直は松江・総定より七宝村の処を今も安直の郷とよぶ、古は田野浦能地・須波をも安直の内なるべし」とする。「日本地理志料」も小原おばら松江まつえ総定そうじよう田野浦たのうら能地のうじ須波すなみの諸村(現三原市)にあてる。また「日本書紀」仲哀天皇二年六月一〇日条に記される浮鯛は、のちに著名となる能地の浮鯛をさすとし、安直を能地の地として、「八幡本紀、渟田門在沼田郡野路地、野路即能地也、味方志云、能地旧名味方、即安直潟也」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む