宍戸親基(読み)ししど ちかもと

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宍戸親基」の解説

宍戸親基 ししど-ちかもと

1827-1886 幕末-明治時代の武士,教育者。
文政10年9月17日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩三丘(みつお)領主。家老として藩主毛利敬親(たかちか)を補佐。元治(げんじ)元年四国艦隊下関砲撃事件では,講和使節となる。慶応2年第2次幕長戦争では芸州口の指揮役として幕府軍をやぶる。晩年は郷校徳修館で教育につくした。明治19年7月14日死去。60歳。初名は徳基。通称は備前。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む