宗厳寺跡(読み)そうごんじあと

日本歴史地名大系 「宗厳寺跡」の解説

宗厳寺跡
そうごんじあと

[現在地名]熊本市坪井五丁目

もとの新坪井紺屋しんつぼいこうや町にあった。福寿山と号し、曹洞宗。「国誌」によれば、創建年月は不詳。初めは熊本安国あんこく寺の末寺岩立いわたてにあったが、寛文一二年(一六七二)安国寺二世天石の替地願によって飽田あきた津浦つのうら村に移り、その後法華宗久本きゆうほん寺の跡地である新坪井紺屋町に替地を願い、天和二年(一六八二)に移転し、その際本寺を長州大寧たいねい(現山口県長門市)に改めたという。寺地は四畝一歩の年貢免許地と六畝一八歩の年貢地。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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