宗龍寺跡(読み)そうりゆうじあと

日本歴史地名大系 「宗龍寺跡」の解説

宗龍寺跡
そうりゆうじあと

[現在地名]盛岡市茶畑二丁目

松尾まつお神社の南隣、かつての垢離取場こりとりばの東向いの上小路うわこうじ組町北側にあった曹洞宗の寺。寺社修験本末支配之記(内史略)によれば、もと雄山ゆうざん(現花巻市)末で、のち報恩ほうおん寺末となり、「八幡丁垢離取場乃至軒と号」と記される。宝暦一二年(一七六二)花巻より移転し、宗龍寺と称したという。内史略本「盛岡砂子」には「文化年中祇陀寺にて新に再建也、又は永泉寺隠居所也共云」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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