日本歴史地名大系 「定普請丁」の解説 定普請丁じようぶしんちよう 徳島県:徳島市徳島城下定普請丁[現在地名]徳島市栄町(さかえまち)二―四丁目・紺屋町(こんやまち)鷹匠(たかじよう)町の東に並行して南北に続く武家地。東を淡路(あわじ)町通、南を餌指(えさし)町、北を正閑坊(しようかんぼう)小路(現栄町二丁目)に囲まれる。定普請の者が居住したことから当丁を定普請丁とよんだと思われる。定普請の者とは普段は作事奉行の配下で城郭の補修等の保全工事にあたる者で、戦時には長柄(槍)を持ち鉄砲組の後援をする役目であったことから長柄の者ともよばれた。文政一一年(一八二八)には定普請の者七九人がいた(「無足以下分限帳」蜂須賀家文書)。また定普請丁は当地以外に武家地佐古(さこ)の東端、現佐古一番町にもあった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by